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  <title type="text">吉原基貴.blog</title>
  <subtitle type="html">此方は漫画家・吉原基貴のブログです。
HP・Twitterと併せてお楽しみいただければ幸いです。</subtitle>
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  <updated>2011-11-18T18:45:09+09:00</updated>
  <author><name>yoshiharamotoki</name></author>
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    <published>2012-04-26T02:50:32+09:00</published> 
    <updated>2012-04-26T02:50:32+09:00</updated> 
    <category term="3rd STRIKE" label="3rd STRIKE" />
    <title>聖域</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[『男の世界』がある。<br />
雄として、社会的な地位や名誉、価値などとは別のところにある。<br />
それがなくとも、ただ生きていくことはできる。<br />
だが、『男の世界』に一度踏み入れた男子は、その独特の世界の輝きを知る。<br />
少年の頃、かくれんぼで誰よりも狡猾に隠れた友人。<br />
ドッジボールで、あらゆるボールをキャッチする同級生。<br />
鉄柵の上を端から端へ、一度も落ちずに渡る奴。<br />
彼らはヒーローだった。<br />
それらがいかに難しいことなのか、少年達は知っている。少年達は、その勇気にあこがれる。<br />
<br />
格闘ゲームが、誰よりも強い奴。<br />
<br />
それは、少年時代格闘ゲームにあけくれた僕にとって、ひょっとすると大企業の社長なんかよりも、ずっと憧れるもの凄い称号なのだ。<br />
<br />
僕がゲームに夢中になっていた時代。ゲームが上手なことは、社会的には何の価値も無いに等しかった。<br />
喧嘩やスポーツや勉強で敵わなかった奴等。格闘ゲームで僕に勝てるヤツはいなかった。<br />
格闘ゲームは僕にとって、初めて闘争によると勝利と自信をくれた。<br />
それは、僕にとっての『男の世界』の入り口だった。<br />
それから僕は格闘ゲームに夢中になった。<br />
ゲームセンターの中学生にも負けなかった。時々負けた腹癒せに、顔を思いっきり睨みつけたり、嫌がらせをされたりもしたが、全然気にならなかった。<br />
格闘ゲームをやってるときの僕はヒーローだった。<br />
<br />
僕はまだ『男の世界』へ行く資格があるのだろうか。<br />
時々、そんなことが頭をよぎる。<br />
あれほど、僕を男として認めてくれた世界を、色んなことを言い訳に自ら手放してしまったような気がする。<br />
とても身勝手な、申し訳ないような気分になる。<br />
そんなとき、僕は目の前の事を何もかも投げ捨てて、何かを確かめるように『男の世界』へ身を投じたくなる。<br />
ゲームセンターへ向かい、コインを入れる。<br />
得体の知れない安心感が全身を包む。<br />
『どうだ。俺はまだ、やれるんだぜ』<br />
<br />
インターネットで格闘ゲームの対戦動画を観る。自分より強い奴がいる。<br />
そいつが、どれだけの情熱と努力と犠牲を払い、その『力』を身につけたのか、僕にはわかる。<br />
その『力』は、僕がいた『男の世界』で、鎬を削り、磨いてきた証なのだ。<br />
僕にとっても、そいつにとっても、それはかけがえのない称号だ。<br />
社会的には価値も無い。だけど、それがどうした。失ったら手に入らない。少年達の『宝』なのだ。<br />
男ならわかっている。本当は、それが一番欲しかったものだということを。<br />
あいつらは、それを今でも棄てずに護ってやがる。男にとって、こんなに羨ましくって、かっこいい話があるか！<br />
<br />
僕は、あいつらが大好きだ。<br />
<br />
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            <name>yoshiharamotoki</name>
        </author>
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    <id>yosiharamotoki.blog.shinobi.jp://entry/10</id>
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    <published>2012-04-23T10:34:10+09:00</published> 
    <updated>2012-04-23T10:34:10+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>K</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[高校生だった頃、友人の家へ遊びに行ったことがあった。<br />
こう書くと特別めずらしい事態でもないように思えるが、少なくとも自分にとってはとてもめずらしい体験をした。<br />
その友人（K）ともう一人の友人（T）を含めた三人でゲームに没頭していた。騒いでいたのもあり、なにやら空腹になってきた。気がついたら夕飯時だった。<br />
『腹減ったな。そろそろ帰るか。』などと思っていたら、なんだか良いにおいがしてきた。<br />
友人（K）の両親がなにやら食事を用意してくれていた。Kは母親に手招きされて、料理を運んできた。<br />
うな重だった。<br />
突然のもてなしに僕とTは顔を合わせ『マジかよ』といいながらとても恐縮した気分になってしまった。<br />
Kは、とても気恥ずかしそうな、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。<br />
なんだかいたたまれなくなって、もう帰ろうかと思ったりもしたが、そんな高価な（主観です）飯をいただいた手前すんなりと帰るのも気が引けて、結局９時半近くまでお邪魔して帰ることになった。<br />
うな重の御礼を言わなければと思ったが、もうご両親も寝てるだろうと思い直し、小さな声で『ご馳走様したぁ。お邪魔しましたぁ』と呟き玄関で靴を履いていたら、Kのご両親が影からあらわれた。ご両親は何度か頭を下げて言った。<br />
『今日はありがとうございました。お楽しみいただけましたでしょうか』<br />
一瞬、なんのことをいっているのかわからなかった。こちらも何度も頭を下げて、自転車でTと帰宅した。<br />
そのときのKの顔は見てないし憶えていない。<br />
<br />
<br />
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    <published>2012-01-24T06:46:03+09:00</published> 
    <updated>2012-01-24T06:46:03+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>雪だるま</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[今年も雪が降った。<br />
積雪とまではいかないが、冬という季節を味わわせてくれた。<br />
しかしこの程度の雪では、雪だるまは到底作れまい。<br />
一見なにやら奇妙な言い回しに聴こえるかもしれないが、僕にとって、これは安堵すべき事態なのだ。<br />
<br />
雪だるまには、穏やかならぬ因縁がある。<br />
<br />
5歳の頃、父の仕事の都合で、僕ら家族は、アメリカ合衆国はイリノイ州の郊外に棲んでいた。<br />
車で一時間ほどで大都市シカゴが見える。<br />
当時の記憶といえば、名画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』が大ヒットを飛ばしており、カーラジオからはマイケル・ジャクソンの『BAD』や、スティービー・ワンダーの軽快で心根に染みるサウンドが流れていた。<br />
まだインターネットなどの先端技術は浸透しておらず、幼稚園児の時分ではとてもじゃあないが全米や世界の事情など把握も認識も出来ていなかった。<br />
そんな僕の周囲では、『キッドナップ（子供攫い）』が多発していた。<br />
バブル経済により、貧富の差が顕著に表れ、窃盗や強盗・誘拐や身代金などの事件が後を絶たない時代に突入していた。<br />
家族は恐怖し、子供を独りで外出させてはいけないという地域の決まりごとが出来ていた。<br />
僕の住む家には走り回れる程度の庭があったが、両親が揃い見守る時の他は、思い切り遊ぶことは出来なかった。父は忙しく、滅多に顔を見ることはなかった。<br />
<br />
ある冬の日、目が覚めて窓から外を見たら、雪が積もっていた。<br />
僕と兄と弟は、その一面の白い景色に心が躍った。気持ちをおさえる事が出来なかった。<br />
喚く僕らを見た母は観念し、父が留守なのにかかわらず、僕らは庭に出る事を許された。<br />
張り詰めた冬の朝の空気と雪のしっとりとした鋭い感触に、いつにも増して開放的な気分になった。<br />
一頻りはしゃぎきって、僕らは雪だるまを作ることに決めた。<br />
<br />
アメリカの雪だるまは、日本の二段式の雪だるまと違い、頭部・胴部・腰（脚）部の三段式になっている。<br />
僕ら三人兄弟は、それぞれに部位を担当して、雪だるまを創作していった。胴部の両端に木の枝を挿し、頭部に木炭を二つ。中央に人参をつけて、雪だるまは完成した。<br />
何かを成し遂げた達成感と、僕らの等身ほどあるその姿に、気分は更に高揚し、雪だるまの周囲をかけまわったり話しかけたりした。童話のように、雪だるまは今にもう動いてくれそうに感じていた。<br />
ところが、雪だるまは何の返事もなかった。ピクリともしなかった。<br />
そのうち、何故か僕は腹が立ってきて、雪だるまを蹴った。硬く丸めた雪が削れる事で、幾分気分が晴れたのか、僕は何度も雪だるまを蹴った。<br />
そのうち、日が暮れかけ、僕らは家に入ることにした。<br />
<br />
夜になると父が帰ってきた、庭先にある歪な雪だるまを目にして、妙に思ったのか、僕らに理由を問いただした。<br />
事情を理解するなり、父は言った。<br />
『大変な事をしてしまったな』<br />
僕は、何の事をい言っているのかわからなかった。<br />
父の顔は真剣だった。父は言葉を続けた。<br />
『雪だるまは、傷をつけた人を呪うんだ。手で殴ったら、手を呪ってそいつを同じ目に遭わせる。お前は、何度も足で蹴ったな。雪だるまの呪いで、脚が腐っておちるぞ』<br />
僕は全身が震えた。腐るという言葉の響きが、子供心に恐怖を増大させた。後悔と恐怖で涙が出てきた。<br />
僕はどうすればいいのか、泣き喚きながら父に訊いた。<br />
『いっしょうけんめい、あやまりなさい』<br />
と、父は教えてくれた。<br />
窓から、雪だるまが見えた。僕は泣きながら、雪だるまへ向かって、ごめんなさい、もうしませんと謝り続けた。<br />
徐々に溶け、形状を崩してゆく雪だるまが、腐りおちていく時分の脚を連想させた。その恐怖に心底怯え、僕は一晩中窓から謝り続けた。<br />
<br />
気がつくと、僕はベッドの中で、はっとして脚を弄り確かめた。脚は無事ついていた。<br />
父や母に言うと、きっと一生懸命謝ったから、許してくれたのだと、笑いながら応えてくれた。<br />
窓の外には、跡形も無い雪だるまの残骸が転がっていた。<br />
<br />
<br />
あの時以来、僕は雪だるまを創るのも、観ることも苦手になったのだった。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]> 
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    <published>2012-01-02T22:12:17+09:00</published> 
    <updated>2012-01-02T22:12:17+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>明けましておめでとうございます。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[2012年1月2日です。<br />
元旦の更新はかないませんでしたが、そこは御愛嬌と云う事で。<br />
<br />
昨年末は非常に慌しく、なかなかブログの更新もままなりませんでしたが（Twitterではちょこちょこ呟いていました）、今年は頑張って色々な事を発信出来る様に頑張ります！<br />
去年のことは去年まで。また一日一日と経験と勉強を重ね、日々精進していきたいと思います。<br />
<br />
また、本人への質問・リクエスト等ございましたら、ご気軽に返信コメント・メール等で御申しつけください！<br />
時間と都合の許す限り、お応えさせていただけたらと思います。<br />
<br />
それでは、2012年も宜しくお願い致します！<br />
<br />
吉原基貴]]> 
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    <published>2011-11-29T08:05:33+09:00</published> 
    <updated>2011-11-29T08:05:33+09:00</updated> 
    <category term="サイバーブルー　～失われた子供たち～" label="サイバーブルー　～失われた子供たち～" />
    <title>『サイバーブルー　～失われた子供たち～』　原哲夫の手。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[『サイバーブルー　～失われた子供たち～』は、原哲夫先生の作品『CYBERブルー』のリバイバル作品にあたる。<br />
<br />
原哲夫先生には、今作のネームや原稿のチェック、作品の方向性や今後の展開、その他、効果的な演出や台詞の使い方、魅力的なキャラクターの造り方といった漫画そのものの技術まで、多忙極めるスケジュールの中、貴重な時間を割いて下さり、随処に至り様々なアドバイスをいただいている（どれもまだ巧く使いこなせておりません。頑張ります）。<br />
<br />
原哲夫先生の代表作の一つである『北斗の拳』（累計発行部数一億部）にはじまる、その途轍もない経歴と、漫画家生活30年の間、常に頂点を走り続けてきた経験から成る言葉は、深みがあり、重みがあり、確信と説得力がある。<br />
アシスタント経験の少なさと、師とよべる漫画家を持たない僕にとって、先生の言葉は、遭難し転覆し、海の藻屑へと消える直前だった眼前に舞い降りた羅針盤のように、暗闇に射し込んだひとすじの光となって、僕の支えになっている。<br />
<br />
『サイバーブルー　～失われた子供たち～』は、原哲夫先生と繋がりをもつ契機をくれた、僕の人生にとって、とても意味深い作品である。<br />
<br />
だが、先生は御記憶に無いかもしれないが、僕はこの作品に関わる以前、先生と御逢いしたことがある。<br />
<br />
2005年冬、僕が25歳の頃、『週刊コミックバンチ』（2010年終刊）で漫画を掲載させていただく事が決まり、様々な理由から、一時期だけ、吉祥寺のとあるビルにある、現在の仕事場を利用させていただいていた事があった（この話は、今後別の機会に）。<br />
この仕事場は、かつて『週刊コミックバンチ』で連載を抱える漫画家が各々のスペースで作業するという、とてもめずらしい環境で、現在は『月刊コミックゼノン』の関係者が同様に使用している。<br />
北条司先生や、次原隆二先生という、僕が子供の頃、『週刊少年ジャンプ』で連載していた大御所の先生方は、依然この現場で執筆している。<br />
<br />
僕が初めて、原哲夫先生と御逢いしたのは、その時だった。<br />
<br />
先生のスペースは一際大きく、常に緊張感に包まれていた。<br />
その奥にある、先生の仕事部屋へ行き、ご挨拶をさせていただいた。<br />
<br />
先生は、原稿を描いている最中だった。机の上には、鉛筆とインクで真っ黒な原稿が置いてあった。<br />
<br />
その原稿をじっくり見たかったが、それどころではなかった。先生の漫画の愛読者（大ファンです）であった僕は、緊張と高揚で頭が真っ白になっていた。<br />
何を話したのかよくわからない（失礼極まりないです。本当に申し訳ありませんでした）まま部屋を出た。<br />
<br />
先生に認めてもらえるよう、一生懸命漫画を描こうと思った。<br />
出版業界には、年末進行という特殊な（恐ろしい）状況があり、それ以降、先生をお見かけする事は無かった。<br />
何とか原稿を描き終え、新年を迎えた。<br />
『週刊コミックバンチ』主催の新年会へ、原稿を手伝っていただいた方々と一緒に参加した。<br />
<br />
そこで、再び原哲夫先生と出遭った。<br />
<br />
僕は、『週刊コミックバンチ』掲載分の原稿を総て描き上げており、ひょっとしたら、もう遭える機会もないかもしれないと思って（原稿を抱えていない分、幾分か気が楽になり、以前よりは冷静でいられました）、担当の編集者さんに、<br />
『原先生と握手させていただけないか』<br />
と、話をきりだしてみた。<br />
<br />
先生は快諾して下さった。僕の原稿を手伝ってくれたアシスタントさん達や、勝手に連れてきた友人にまで、丁寧に握手を交していただいた。皆、とても興奮し、喜んでいた。<br />
最後に僕の番になった。先生は、手を前に差し出していた。<br />
<br />
この手が、あの真っ黒な原稿を描いているのかと思った。<br />
僕が今まで、何度も読んできた、あの漫画を描いてきた手なのかと思った。<br />
僕は、手の平の汗を拭き、原先生の前に立とうとした。<br />
<br />
そのとき、僕は突然、先生に頭を下げ、<br />
<br />
『ありがとうございました。』<br />
<br />
と、御礼を言った。<br />
<br />
先生は、少し不思議な顔をして、僕に会釈を交わし、その場をあとにした。<br />
<br />
<br />
あの時、何故、原哲夫先生と握手を交わさなかったのか、僕にはまだわからない。<br />
青春の期にありがちな、とがった自尊心によるものなのか、卑屈な感情の混じった遠慮なのか、そのどちらでもないような気がする。<br />
ただ、あの時、原先生の手を握っていたら、僕は今こうやって、先生からいただいた様々なアドバイスを真正面から受け止め、頭を掻き毟り悩み、考え、渾身の想いで描いた原稿を、目をそらさずに、まっすぐに先生に見てもらおう、先生と、僕と同じく先生の漫画が好きな読者の皆さんに、愉しんでもらえるよう、認めてもらえるようになろう、と、そういう気持ちになる事は無かっただろうと思う。<br />
<br />
描いた原稿の枚数だけ、先生が遠く感じる。何故この程度しか描けないのかと自責する。<br />
それでも、いつか、胸を張って、あの手を握ることができるよう、漫画を描いていこうと思う。<br />
<br />
僕にとって、原哲夫先生の手は、漫画と描くという、果てしない旅路の、一つの終着駅のようなものなのかもしれない。<br />
<br />
僕の記憶の中には、いつまでも、あの時、先生の机に置いてあった、真っ黒な原稿が残っている。<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>yoshiharamotoki</name>
        </author>
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    <id>yosiharamotoki.blog.shinobi.jp://entry/6</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://yosiharamotoki.blog.shinobi.jp/3rd%20strike/%E3%80%8E3rd%20strike%E3%80%8F%E3%80%80fight%20for%20the%20future." />
    <published>2011-11-23T06:52:45+09:00</published> 
    <updated>2011-11-23T06:52:45+09:00</updated> 
    <category term="3rd STRIKE" label="3rd STRIKE" />
    <title>『3rd STRIKE』　fight for the future.</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[『STREET FIGHTER Ⅱ』という格闘ゲームを初めて観たのは、小学校五年生の頃だった。<br />
<br />
当時、僕は水泳教室に通っており、週二回、学校が終わった後、一度家に帰り、水泳教室のある藤ヶ丘駅前のスイミングスクールへ歩いて向かった。<br />
自宅とスイミングスクールは、学校を挟み丁度正反対の位置にあり、思い返しても、よくもまああんな距離を苦も無く歩き通い続けたなと思う。そんなことは、この話とまったく関係無いが。<br />
自宅からの道の途中に、小さなおもちゃ屋さんがあった。<br />
『おもちゃ屋どんきぃ』という名前だったと記憶している。<br />
<br />
スイミングスクールでクタクタになった帰りに、僕は友人ときまって『おもちゃ屋どんきぃ』へ寄った。<br />
小学生の小遣いではとても手の届かない高価なラジコンやプラモデルが並ぶショーケースを眺め、徒歩で通うことにより、自宅までのバス代を浮かせて手にした小銭で（母さん、何かすいませんでした）、マグネットや独楽やシールを買った。与えている小遣いの範疇を超えた玩具の量を見て、母は何となく気付いていたんだろうなあ。<br />
<br />
ある日、『おもちゃ屋どんきぃ』の前に、中学生や高校生の人だかりが出来ていた。<br />
何事かと人ごみの隙間を掻い潜り、背伸びしてその中心を覗いてみると、店頭にゲームセンターのゲーム筐体が設置されていた。<br />
当時ゲームセンターと云えば、ヤンキーといわれる不良高校生の溜まり場で、とても怖い場所だから近づいてはいけないと、両親からも友人との間でも囁かれていた。<br />
僕が、ゲームセンターのゲーム筐体を見たのは、その時が初めてだった。<br />
興奮して食入るように色々なゲームの画面を見ていると、その中に一際音量の大きな、ギャラリーの多いゲームがあった。<br />
後に、ゲーム史に名を轟かす、対戦格闘ゲームの金字塔。<br />
<br />
それが僕と、『STREET FIGHTER Ⅱ』との出会いだった。<br />
<br />
それまでゲーム画面で見たことの無い大きさのマッチョなキャラクター達が、画面狭しと大喧嘩をしている様子は、僕の感性を途轍もなく刺激した。<br />
攻撃をヒットさせた衝撃が、まるで本当に痛みを憶えるほど細かく演出されていた。息遣いや、体重を感じるほど、動きが生々しく説得力があった。<br />
今まで熱中していたゲーム達が、まるで子供だましのように思えてしまうほど衝撃を憶えた。<br />
興奮して、何時までもゲーム画面を見ていた。華麗に動くキャラクターを見ては、感嘆し、『俺もこんな風に、カッコよく動かしてやる』と思った。<br />
僕はあっという間に、『STREET FIGHTER Ⅱ』の虜になってしまった。<br />
<br />
だが当時、『STREET FIGHTER Ⅱ』（以下ストⅡ）は、ゲームセンターでしか遊ぶ事が出来なかった。<br />
『おもちゃ屋どんきぃ』では、中学生や高校生がはばを利かせ、小学生の僕達が遊べる状況ではなかった。<br />
僕はずうっと指を咥えて、『ストⅡ』をプレイする日を夢見た。<br />
<br />
社会現象になるほど国民的人気のゲームになった『ストⅡ』は、僕と出会ってから約一年後、家庭用ゲーム機へ移植され、ついに僕のところへやって来た。<br />
この日が来るのを心待ちにしていた僕は、ゲーム機のコントローラーのボタンが磨り減るほど『ストⅡ』に夢中になった。毎日のように、友人や兄弟と対戦して遊んだ。<br />
僕の31年の人生の中で、最もゲームに熱中していた時代だった。<br />
<br />
そのうち、いつも同じ友人や兄弟を相手に対戦することに満足出来なくなった僕は、とうとう、不良の巣窟と名高い（酷い云われようだが、当時僕の周りでは本当にそういったレッテルがはられていた。お気に触る方がいらっしゃったらすいません。）ゲームセンターに足を運んだ。<br />
怖い目に遭うことよりも、『ストⅡ』で対戦したい想いが勝ったのだった。<br />
それ以降、僕はゲームセンターへ頻繁に通うことになる。<br />
<br />
『ストⅡ』の続編が発表され、稼動される度、一生懸命巧くなろうと、夢中になって遊んだ。<br />
ゲームとして遊ぶだけでは飽き足らず、その圧倒的な迫力と、精密な描写によりt創りあげられたキャラクター達の公式イラストを何度も見ては、真似して描いた。落書き張漫画も描いたりした。<br />
それまで『ドラえもん』や、『ドラゴンクエスト』のような、ディフォルメを重視した雰囲気を手本にしていた僕の画風は、この時から『ストⅡ』のようなリアリティとディフォルメの融合を模範とし、理想とするようになり、現在に至るまで多大な影響を受けている。<br />
『ストⅡ』は、僕にとって漫画家としての原点ともいえる。<br />
<br />
僕にとって、『ストⅡ』は、とても特別なゲームだ。<br />
僕が、その『ストⅡ』シリーズの、プロデューサーや開発スタッフが拘ったという意味での最終後継作品にあたる『STREET FIGHTER Ⅲ 3rd STRIKE』を未だに遊び続けているのは、単にこのゲームの面白さに惹かれているだけでは無い。（最新の続編にあたる『STREET FIGHTER Ⅳ』は、海外の会社が製作しています）<br />
<br />
僕にとって、ゲームの面白さ、奥深さ、より上達したい、強くなりたいという向上心、勝利の喜び、上達の達成感、敗北の悔しさ、諦めない根性、50円の価値、負かした相手のこちらをみる恨めしそうな顔、学校の成績が下がるほどのめり込んだせいで、進学すら危ぶまれた時の両親の顔、対戦により深まった友情、隣に女の子を待たせてプレイした時の優越感（その後フられました）、その他も、今までのどのゲームよりも、色々な事を教えてくれた、少年時代の指針そのものだ。<br />
<br />
青春と呼ぶに相応しい、あらゆるものを感じながら、僕は『3rd STRIKE』の筐体に、コインを入れる。<br />
<br />
そして、まあ、そんな事を色々と考えてたりするから、負けるんだろうな、きっと。<br />
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    <published>2011-11-22T09:17:11+09:00</published> 
    <updated>2011-11-22T09:17:11+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>眼。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[先日、母が白内障の手術をした。<br />
白内障とは、『眼』の疾患の一つで、水晶体が灰白色や茶褐色ににごり、物がかすんだりぼやけて見えたりするようになるという症状を伴うらしい。（Wikipediaより引用）<br />
母が白内障になった主な原因は、本人から聴かされていないのでわからないが、白内障とは、加齢により発症する確率が高くなるものらしい。<br />
<br />
母は手術前、とても神経質になっていたように感じた。手術に失敗すれば、失明の恐れもあると洩らしていた。<br />
誰でも、視力を失うのは怖いと思う。暗闇や暗黒が怖いのではなく、視えていたものが、視えなくなるのが怖いのだ。<br />
人間は、視覚で物体の形状や構造、距離感を認識することが多い。対象が植物や動物など、いわゆる『生物』の場合は、なおさらその機能は重要になる。果てには、自己に対して、危機を及ぼす存在なのか、幸福を齎す有意義な存在なのか、その敵意や好意といった、眼に映らないものまで見極める。<br />
嗅覚や聴覚などで、それらを確認できる距離感は、危機を避ける事の困難な間合いになる。特に触覚などは、対象に直接接触しなくてはならない。もし対象が、猛毒や牙といった武器で襲ってきたら、対処できる選択肢が限りなく少ない。<br />
そういった重要な器官が、突然機能しなくなることは恐怖だ（まあ、だからこそ手術するのだが）。<br />
母の狼狽も焦燥も充分に理解したうえで、だが僕にとっては、それどころの話ではなかった。<br />
眼が視えなくなったら、今までのように漫画を描くことが出来ない。<br />
<br />
白内障は、視え『にくい』。手術に失敗したら、視え『ない』。視えにくいのはまだいい。視力の悪い漫画家は山ほどいる。だが、視力の無い漫画家というのは、知る限りでは聴いたことが無い。加えて、僕のような、認知度も才能も乏しい（これから頑張ります）漫画家が視力を失ったらどうなるか。<br />
それはもう、存在そのものの価値が無くなるに等しい。底に巨大な穴の開いた鍋のようなものだ。<br />
<br />
だがこれは、僕の眼が視えていれば済むという話ではない。<br />
もし、読者のみなさんの眼が視えなくなってしまったらどうか。<br />
<br />
その作者の個性となる絵がわからない。<br />
漫画の登場人物達（キャラクター）の、細かな表情や姿勢を感じ取ることが出来ない。<br />
キャラクターの心理や感情を表現するフキダシやモノローグが読めないし、その判別が出来ない。<br />
コマの大小や構図によるドラマチックな演出が伝わらない。<br />
集中線や効果音などによる迫力も感じない。<br />
<br />
この中で唯一、辛うじて読者側が感じ取れる箇所があるとしたら、朗読が可能なフキダシやモノローグ、ナレーションなどの台詞の部分だろう。しかしそれも、小説の朗読のようにはいかない。<br />
漫画は、小説と違い、文字による情景描写が殆ど無い。<br />
例えば小説で、『その病院は、この片田舎には不釣合いなほど巨大で、病院から本来感じるべきである、安心感や衛生的な雰囲気とは云い難く、何か不吉な事態を連想させる、異様な建造物に見えた。』という文章による描写がある。漫画では、それらの総ての情報を一つのコマで、『絵』として視覚的に描写する手法をとる。<br />
だから、たとえ漫画の台詞のみを巧みに抽出し、それを朗読したとしても、それを聴かされた側には、一体何時、何処で、何が起きているのか、適確にイメージすることが出来ない。それでは、漫画という表現を、堪能したとは言い難い。<br />
漫画というのは、あらためて非常に視覚的な表現なのだと気付かされる。<br />
<br />
漫画の中の登場人物の、眼の描写や視線というのも、とても大切な情報と表現技法だ。<br />
時には、眼のズームアップの描写一つで、そのキャラクターの心理や決意を想像させることが出来る。<br />
<br />
眼というのは、漫画に拘る人達にとって、最も重要な器官といえる（次が『手』かな）。<br />
<br />
なので、母から手術に関するメールが届いたとき、僕は、ひょっとしたら、当事者の母よりもうろたえていた。<br />
何故か自分の眼がむず痒くなり、眼球が無くなる様な感覚に陥り、しきりに眼を思い切り瞑ったりした。<br />
視力が悪いのにもかかわらず、永いことかけていない眼鏡を探したりした。<br />
<br />
そういえば、この間、父と逢った時、父が緑内障だという事を聴かされ、落ち込んでいたのを思い出した。<br />
発覚の原因は兄で、兄が会社の健康診断を受けたところ、緑内障の疑いがあると診断され、緑内障は遺伝的な要素もあるといわれているから、親にも診断を薦めて調べてみてはどうかという事で、その通り父も発覚したという経緯らしい。<br />
ということは、僕にも緑内障の可能性があるのではないかと気付いた（緑内障についてはまた別の機会に）。<br />
<br />
それからというもの、自分の眼が気になって仕方ない。<br />
<br />
因みに、母の手術は、無事成功した。今度様子を見舞いに行こう。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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    <published>2011-11-21T08:06:49+09:00</published> 
    <updated>2011-11-21T08:06:49+09:00</updated> 
    <category term="3rd STRIKE" label="3rd STRIKE" />
    <title>『3rd STRIKE』　Time to play the game.</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[僕はネームに詰まるとゲームセンターへ行く。<br />
<br />
作画作業中は、殆ど息抜きも他の事もせずに、描き続ける。それは、浸けペンを描きなれてきた手の感触を、他の作業で失いたくないからである。<br />
しかし、手よりも頭を使うネーム（漫画そのものの下書きのようなものです）という作業は、一度思考が煮詰まると厄介で、適度なクールダウンが必要になる。<br />
<br />
いつものように、ゲームセンターの階段を降り、格闘ゲームにコインを入れる。<br />
<br />
プレイするゲームは、いつも同じだ。<br />
『STREET FIGHTER Ⅲ 3RD STRIKE』<br />
ゲーム業界に『格闘ゲーム』というジャンルを打ち立てた『STREET FIGHTER』シリーズの続編にあたる。<br />
稼動して10余年、僕はこのゲームだけをプレイし続けている。<br />
<br />
漫画と違う、ゲームというシンプルな作業に没頭する事で、精神のリフレッシュを謀ろうという魂胆らしい。<br />
<br />
しかし、格闘ゲームの真の面白みは、対人との対戦にある。<br />
自分の向かいの、対となる同ゲームの筐体へ、何者かが座り、コインを入れ、ゲームの開始ボタンを押す。<br />
その瞬間、僕のリフレッシュの時間は終わりを告げ、眼の前の対戦相手との勝負へ全神経が注がれる。<br />
こうなると、当初の用途とは、全く異なってくる。気分転換どころの騒ぎではない。<br />
気分は昂揚し、掻かなくてもよい汗が滲み、手には余計な力が入る。<br />
そして、いつものように相手に負けて、熱くなり、今度は此方から挑戦をしかけ、負けるのが繰り返される。それは、所持金に危機が及ぶまで続く。<br />
肉体も精神もへとへとな負け犬となり、いつものように、ゲームセンターを跡にする。<br />
<br />
物凄くストレスが溜まるのだが、何故なのか、こんな瞬間が楽しくて仕方が無い。<br />
そして、こんな生活が、漫画家になってから永く続いている。<br />
<br />
学生時代は、よく学校をサボってゲームセンターへ行った（全く褒められた事では無いが）。<br />
特に格闘ゲームが好きで、特別巧いわけではなく、少ない小遣いの殆どはゲームの筐体へと消えた。<br />
学校の成績も下がり、果ては進学の道が閉ざされるほどのめり込んだ（それだけが原因ではないが）。<br />
それでも、僕はゲームセンターへ通った。<br />
煙草の煙と、敗北の悔しさと、勝利の喜び。自己への向上心と、他者との情報交換。<br />
たった50円という1プレイに秘められた、小さな野心と矜持が、筐体の一つ一つから感じられるようで、僕もその、空気を彩る一人の闘士になったようだった。、たとえゲームに敗北しても、何故負けたのか、相手の動きを見て、自分のミスを修正し、また挑む。他人のプレイを観ているのも、参考になる技術は盗み、練習し、実戦で活用してみる。<br />
何もかもが、楽しくて仕方が無かった。<br />
友人とも何度も対戦した。外が真っ暗になるまでゲームセンターに居座った。<br />
<br />
ゲームセンターは、紛れも無く、僕の青春の染の一つだった。<br />
<br />
何故ネームに詰まると、ゲームセンターに足を運んでしまうのか、自分でもよくわからない。<br />
あの頃よりゲームに費やす時間は明らかに減り、腕も格段に落ちている。<br />
自宅にも、同じゲームを購入し持っている。自宅でもたまに独りで練習している。負けてばかりで、一つも上達しない。<br />
それでも、これからも僕はゲームセンターへ行くだろう。それは、学校生活に馴染めなかった僕を精神的に成熟させてくれた、ゲームセンターという存在への御礼や敬意でもあり、時代の様々な変化に伴い、次々と消えていった青春の跡を、少しでも永く、出来れば絶やさずにおきたいという我儘な願望でもあり、単にゲームが好きな僕の想いでもある。<br />
<br />
ひょっとしたら、ゲームセンターという青春へ還る事で、僕自身も、背負うものも無く、気負うことも無く、何も考えて無かったあの時代に還る事が出来ているのかもしれない。<br />
<br />
多分,今週また僕はゲームセンターへ行く事になる。<br />
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    <id>yosiharamotoki.blog.shinobi.jp://entry/3</id>
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    <published>2011-11-20T19:08:32+09:00</published> 
    <updated>2011-11-20T19:08:32+09:00</updated> 
    <category term="U-31  ALL YOU NEED IS FOOTBALL!" label="U-31  ALL YOU NEED IS FOOTBALL!" />
    <title>『Ｕ-31　ALL YOU NEED IS FOOTBALL!』 31歳。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[今年で僕も31歳になり、『Ｕ-31』の主人公・河野敦彦と同じ歳になっている。<br />
河野敦彦は、27歳の時から再び目指し始めた、念願の日本代表へ復帰して、そのストーリーに一先ずの幕をおろした。<br />
<br />
僕は、『Ｕ-31』を描いていた当時、23歳だった。とてもじゃあないけれど、河野の心境には至ることは出来なかった。<br />
『河野敦彦』は、当時原作者としてご一緒にお仕事をさせていただいた綱本将也氏・そして当時編集者として公私にわたり本当にお世話になった、Ｎ崎氏と、両名の精神や感情を併せ、それを僕のイメージする像と混ぜ合わせ、作品と共に練り上げていったキャラクターだった。<br />
どちらかといえば、同作の登場人物の一人『戸澤敏行』(『瀧川』もだけれど）と同じ世代で、彼の言動や思考は、僕の当時の心境をく反映している（境遇や才能は全然及ばないけれど）。<br />
<br />
要するに、人生や社会というものを舐めていた。<br />
<br />
思うより若くして、当時目標としていた『週刊モーニング』での連載。<br />
人生初めての、商業として発表した原稿が、そのまま掲載した第一話になった。<br />
<br />
だが、いつの間にやら連載は終わり、いわゆる商業誌から姿を消した。<br />
それでも、自分には才能があると過信していた。あの時の、あのデビューの感覚が、そう思わせていた。<br />
<br />
自分だけが、その作品や自意識にしがみつき、気がつけば世界は、遥か先を進んでいた。<br />
僕は完全に取り残されていた。<br />
<br />
いつの間にか僕は、主人公・河野敦彦と同じ立場になっていた。<br />
<br />
今、彼と同い歳になり、再び河野の人生を追う。単行本のページをめくる。<br />
いつだって河野は、一生懸命に走っている。惨めな自分を認め、晒し、それでも走る。<br />
<br />
ようやく、河野の気持ちがわかってきたような気がする。当時の綱本氏・Ｎ崎氏の、この作品に込められた想いが、理解できる気がする。<br />
僕も、河野に負けず、走ろうと思う。河野に、よくやったと認めてもらえるまで、頑張ろうと思う。<br />
今でも河野は、何処かで走り、フットボールを続けている。そう思える。<br />
僕も、河野に負けず、ずっと漫画にしがみつき、描き続けたいと思う。<br />
<br />
いつの日か、河野に胸を張って再び逢える日まで、そうしたら、また、あのストーリーの続きが描けそうな気がする。<br />
<br />
その日がくるのを、楽しみに待っている。<br />
<br />
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    <published>2011-11-19T16:05:06+09:00</published> 
    <updated>2011-11-19T16:05:06+09:00</updated> 
    <category term="サイバーブルー　～失われた子供たち～" label="サイバーブルー　～失われた子供たち～" />
    <title>『サイバーブルー　～失われた子供たち～』単行本第二巻発売。</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[2011年11月19日『サイバーブルー　～失われた子供たち～』単行本第二巻、発売いたしました。<br />
<br />
僕が、この作品の作画を正式にお引き受けさせていただく事になったのは、2010年初夏の頃でした。<br />
<br />
当時、まとまった仕事も無く、この先漫画家として生きてゆく事に、焦燥と限界などを感じていました。<br />
2003年、『週刊モーニング』で連載していた『U-31』という作品以来、一度も連載の機会も無く、単発の仕事で食い繋ぐ毎日でした。<br />
そんな折、かつて一度一緒にお仕事させていただいた、『週刊コミックバンチ』（2011年現在、終刊）の編集者さんから、連絡がありました。<br />
<br />
『この度、新創刊の月刊誌を立ち上げる事になった。その雑誌で、『ＣＹＢＥＲブルー』を描いてみないか』<br />
<br />
初めは、何の事を言っているのか良くわかりませんでした。<br />
『ＣＹＢＥＲブルー』の名に、聞き覚えはありました。<br />
『ＣＹＢＥＲブルー』は漫画家、『原哲夫』先生がかつて連載していた作品です。<br />
映画やアニメ、ゲームのリメイクやスピンオフのような漫画は、幾つか聴いた事があるけれど、漫画のリメイクの漫画というのは、未だ珍しいものでした。<br />
この作品は、一度完結されていて、もし引き受けることになるとしたら、原作者にあたる原哲夫先生のファンは途轍もなく多い。<br />
僕が手掛ける事で、前作のファンや、原哲夫先生の作品が好きな方へ、何か失礼な事になってしまったりはしないだろうか。<br />
そんな不安もありましたが、僕の中にはもう一つの感情がありました。<br />
<br />
僕は、原哲夫先生のファンでした。ほぼ総ての作品を愛読し、その物語のスケールやキャラクターの生き様、圧倒的な描写に憧れ、時にお手本にして、漫画家になりました。<br />
僕にとって、原哲夫先生は、誌面を通して眺めるだけの、遥か遠くの存在でした。<br />
漫画家になり、周りの人々に迷惑ばかりをかけて、辛うじて生活している自分には、未だ現役で、第一線で活躍するその存在は、僕の中で更に大きく、強く、どうやっても手の届かない程に輝いていました。<br />
<br />
そんな原先生の作品に携わる事の出来る喜びと、自分の、漫画家としての生きる道筋の先に、細く僅かでも光が射したようで、僕の胸は躍っていました。<br />
<br />
原先生の作品に関わらせていただくことで、今一度、漫画の事を勉強しよう。<br />
僕を通して、新しいモノを提供することで、少しでも、読者の皆様の新しい愉しみと、原先生の力になろう。<br />
<br />
僕は、『新サイバーブルー（仮）』の原作原稿を受け取りました。<br />
<br />
<br />
それから瞬く間に時間は過ぎ、気がつけば『サイバーブルー　～失われた子供たち～』は連載して一年と少しが経ちました。<br />
この作品を読んでくださり、愉しんでいただいている皆様。<br />
厳しくも優しく、随処に本当に的確なアドバイスを下さる原哲夫先生。<br />
不慣れで不適格な指示にも、クオリティの高い絵で応えてくれるスタッフの皆様。<br />
この作品へ関わる人達に感謝の意と、これからも努力や精進を怠らず、より一層面白い漫画になるよう頑張る事が、皆様への恩返しになると思っています。<br />
<br />
此れからも、宜しくお願いいたします。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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